人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


◆疲れた、ひと休みしよう

ずうっと生きていると、あぁ、生きるのに疲れたと言いたくなる時がある。別に本当に疲れているのではなく、ただ弱音を吐きたいだけだ。誰に言いたいわけでもなく、誰かに聞いて欲しいわけでもなく、ただ言ってみたいだけなのである。ただ、なかなか言えない。誰かに聞かれたらどうしよう。きっと、何を言ってるんだと叱責されるだけだ。さもなければ、そんなこと言わないで頑張りなさいと言われるのだろう。それともひと休みして気晴らししたら、と言ってくれるのだろうか。


◆弱音を吐きたくなったら
人生、うまくいっているときは弱音を吐かない。少しぐらいうまくいかなくても弱音は吐かない。たとえ弱気なことを言っても自分では弱音とは思っていない。だが人生、うまくいく時ばかりじゃない。うまくいかなくなったら少し立ち止まればいいのだ。そういう時に限って弱気になっている意を察してか、頑張れと声をかけられる。まあ、声をかけてもらえるだけありがたいと思えばそれでいいのだが、弱音を吐きたいたいときの頑張れほど意に反して辛いものはない。

◆モラトリアムと言われて

昔話である。学生から社会人になるときに就職活動がうまくいかなく、もう少し学生でいようかと考えたことがある。周囲からは、それはモラトリアムだなと言われたり、そんな考えだから就職できないんだと言われたりしたものだ。今考えれば、やりたい仕事とできる仕事、つまり就職したい会社と採用された会社が一致しなかったので、就職浪人でもしようかと思っていただけなのだが、周りにはそう見えなかったらしい。モラトリアムというか、そう、周りの目を気にしていただけなのだ。

◆新おとな世代の憂鬱

結局のところは家庭の事情で採用された会社へ入った。それから何度か転職して、自分で仕事を始め、うまくいっているうちは良かった。50歳を過ぎたころから、これまた家庭の事情で仕事を止めることになった。勤め人なら「辞める」だろうが、自営業は「止める」ことになる。世の中、超高齢化社会である。ここで仕事を止めると再び始めれるだろうかという不安が募る。学生から社会人へなるときの憂鬱感と同じように、社会人からゆくゆくは社会にぶら下がる老人になっていくのかと思うと憂鬱になってくる。

◆少し休んで新おとな世代へ

50歳過ぎてからの仕事が十分にできなかった期間は、ネットを見たり本を読んだりして過ごす時間が多かった。学生から社会人になるときが大人になるモラトリアムだとすれば、社会人なってから次の世代へ移るのは大人から老人になるモラトリアムの期間があるに違いない。ただ、超高齢化社会では大人という世代の期間が長すぎる。人生100年時代と言われるくらいだから、中間点の50歳で大人世代を半分過ぎたと考えれば、残りは「新おとな世代」と考えることができると自分に言い聞かせて納得させている。そうなると大人世代から新おとな世代へ移るときに少し休んだと思えばいいだけだと。

◆自分だけの新おとな世代

今は「新おとな世代」なんだと自分に言い聞かせると気が楽になった。よく「〇〇世代」と例えられるが、ほとんどは良い意味を持たないし、生まれた時期だけで世代論を語るときに使う。年齢層を一括りにするときは子供世代・大人世代・年寄り世代の3つに分けて使うことがある。境界は曖昧であり、使い方により柔軟に変化させて対応させている。これでは大人世代が長すぎる。大人世代を半分に分けて、後半を「新おとな世代」と考えることにしよう、と自分で決めた。そうなると自分は新おとな世代の始まりに位置することになる。またまた気が楽になった。


◆世代サイクルはあるのか

人間の一生を、乳児期・幼年期・少年期・青年期・壮年期と分けることがある。壮年期まではいいのだが、その後を中年期・熟年期・老年期などという言い方もあれば、シニア、シルバーなどと言うかと思えば、最近では75歳から高齢者にして65歳からは准高齢者と呼称するという学会もある。どう呼ばれようと年齢自体は変わらない。どうしても年齢という客観的判断で集団性を持たせて判断したがるのが日本社会である。自分の世代は自分で決めることが一番良いのだが、勝手になんとか世代と作ってもなんだそれ?と言われるだけだ。

◆25年サイクルで世代が変わる

人生100年時代とすれば、0歳から24歳までを若手世代、25歳から49歳までを大人世代、50歳から74歳までを新おとな世代、75歳からは高齢世代と大雑把に決めてしまうのはどうだろう。呼称はどうでもいい。他にもっと相応しい呼称あれば教えていただきたいくらいだ。特に「新おとな世代」は自分でも納得がいっていないのだが、今のところはこれで良いと思っている。実際にはこの世代通りに人生の転換期が訪れることはないし、ひとつの世代が25年というのは長すぎると思う。ただ共通の概念としては分かりやすいのではないだろうか。

(続く)
 



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