前回は「ワーク・ライフ・バランス」から暮らし方について考えてみた。今回は「ライフ」とは何を意味するのかを考えてみたい。




「ライフ」を日常の生活と捉えることもできるし、人間の一生すなわち人生と捉えることもできるし、また生命(いのち)と捉えることもできる。「ライフ(Life)」は「生活」「人生」「生命」という3つの意味で使われている。




◆ライフを生活として考える

1日24時間の時間配分をワーク(仕事)とライフ(生活)に分けるというのは、とても分かりやすい分け方である。仕事をしていない人間にとっては24時間すべてがライフ(生活)の時間になる。生活の中の家事に費やす時間は生活時間なのだとうか。専業主婦(専業主夫)にとっては、自分のために行う家事は生活時間でも、家族のために行う家事は仕事時間になるのではないだろうか。収入を伴わない仕事ではあるが、仕事時間として考えることができる。

「ライフ」を「生活」として考えると、生活時間は1日単位で考えることができ、さらに時間単位で考えることもできる。1日、あるいは1時間をどのように過ごすかを毎日考えることはないが、仕事と同じくPDCAを行っているのではないだろうか。生活時間には家事のようにやらなければならいことに充てる時間とやりたいことができる時間がある。やりたいことができる時間、自由時間を多くすることが上手な生活の仕方となる。時間ばかりでなく、お金や場所などについても同じ考え方ができる。

※PDCA:P(Plan/計画)-D(Do/実効)-C(Check/評価)-A(Action/改善)


◆ライフを人生として考える

生活が1日単位、1時間単位という短期的な考え方であれば、人生は生まれてから死ぬまでの長期的な考え方になる。毎日の生活が人生になるという考え方もできるし、人生を考えて毎日の生活を送るという考え方もできる。どちらか一方の考え方ではなく、両方を考えるのが肝要ではないだろうか。人生というと大上段に構えているように思えるが、少なくとも今まで生きてきたことで「今」がある訳で、また「今」があるからこそこれから死ぬまでをどのように生きていくかを考えることができる。人生を考えずに生きていくことは非常にもったいないことだと思う。

人生を考えるときに「ライフプラン」という考え方がある。その多くは銀行や保険会社などが先導して行われることが多いが、人生の中の一般的なイベントを資金(お金)を中心にして考えている。ライフプランは人生計画なので、お金も大事であることには違いないが、それよりも「どう生きたいか」という精神的、心理的な要素が大きい。また「どう生きたいか」と同じくらい「どう生きてきたか」がライフプランには欠かせない。先のことだけを考えるではなく、振り返ることも大切であると思う。

「ライフ」を「人生」として考えると、時間、お金、場所などの現実的なことより、まだ現実にはなっていない理想的なことが頭に浮かぶのではないだろうか。もしくは理想的なことばかりではなく悲観的な将来も考えてしまうかもしれない。人生を考えるときに役立つのが諸先輩の言葉であり、言葉が書かれた本である。「こういう生き方をしたい」と思うのは、こういう生活をしたいということではなく、こういう思い(想い)で生きたいと言うことである。私にも「六中観」という生き方の範がある。この言葉を知ってから人生が楽になった。

※六中観・安岡正篤師 「忙中閑有り・苦中楽有り・死中活有り・壺中天有り・意中人有り・腹中書有り」


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◆ライフを生命として考える

ライフを「生活」と考えようと「人生」と考えようと、基本は「生命(いのち)」である。生まれてから死ぬまで、長い短いはあっても一つの命である。残念ながら命に良し悪しはある。善し悪しではない。健康に生まれて、健康に育って、健康なままで死ぬ、という人は少ないのであるが、誰もが健康であることを望んでいる。生命とは、生きているだけでなく、健康であることが大切である。良し悪しというのは、健康状態が良い時と悪い時という意味である。

健康と一緒に考えられるのが病気である。健康の反対が病気ではない。健康状態が悪くなると病気に罹りやすくなる。病気の話は専門家である医者に任せるとして、健康な状態は人それぞれが判断して、健康な状態を維持できるように毎日の生活を心がけなければならない。また健康には、肉体的・身体的な健康だけではなく、精神的・心理的な健康もある。最も悪い状態は、両方の健康状態が悪くなることだ。

「ライフ」を「生命(いのち)」と考えるときに、常に健康状態を考えなければならない。健康状態を維持することが生命を大切にし、毎日を生き、人生を送ることができる。病気を患って健康状態が悪くなるのではなく、健康状態が悪くなって病気を患うことの方が多いのではないだろうか。私も持病がある。今思えば、健康状態が悪くなるような生活を送っていたのだと思う。ただ持病があっても、今は持病を除けば健康である。持病と上手く付き合うことが、ほぼ健康である状態を維持できるコツだと思っている。


◆ニューシニア世代の「生活・人生・生命(健康)」

ニューシニア世代になると生活パターンがほぼ決まっている。毎日の生活を変えることは後回しになり、これから先のことを考えることの方が多くなっていないだろうか。毎日の生活で気にかけているとしても自分の健康状態ではないだろうか。生活・人生・生命(健康)とそれぞれを考えて、またひとつにして考えてみてはどうだろうか。

ニューシニア世代の「生活」は、家族構成の変化から始まる。子供たちの独立と老親との同居または介護などによる家族の人数の変化である。家族の人数が減る場合は利用していたモノとサービスを少なくし、家族構成が変わればモノとサービスの入れ替えを行う必要がある。

次に「人生」であるが、ライフプランの見直しは行いたい。前述の家族構成の変化、仕事と収入の変化、健康状態の変化などを考慮する必要がある。人生後半戦のゴールが見えてくると終活という考え方もあるが、その前にどのような人生を送りたいかとい目標の見直しが必要である。

「健康」については、長年の生活習慣と生活環境を見直したい。加齢による身体の変化は否めないので年相応に生活習慣と生活環境を変えていくことである。また、どんなに注意をしていても病気には逆らえない。定期的な健康状態の確認を怠ってはならない。


◆ニューシニア世代の暮らし方

「生活×人生×生命(健康)」のバランスを考えるとどのように暮らしていけば良いのだろうか。これは個人差があるので正解はないが、次のようなことが考えられる。

「生活」をコンパクトにすることで生まれた「お金・時間・場所」を有効に活用することを考えたい。お金と時間ができると旅行でも出かけるかと考えたり、お金と場所ができるとリフォームでもするかと考えたりする。お金がなくても時間と場所があれば新たな仕事や趣味に利用することもできる。

「人生」のゴールを見直すことで、今までできなかったことをやってみたいという気持ちが湧いてくる。もしやってみたいことがあるのならすでに計画をしていなければならない。これから計画するのであれば、昔からの方法ではなく時代が変わっていることを再認識しながら計画を立て直した方がよいこともある。

「健康」を良い状態に保つためには、「栄養・運動・休養」について感がえることだ。もう一つは自分の健康状態を客観的に定期的に把握する必要がある。注意しなければならないことは、健康状態が悪いのか、病気なのかという判断である。自分では疲れだと思っていても病気のこともあるし、病気になっても病気と仲良く付き合えばよい。

「生活×人生×生命(健康)」を3つ同時に考えることもできるが、「生活×人生」「生活×生命(健康)」「人生×生命(健康)」と分けた方が考えやすい。生活をコンパクトにしても人生がつまらないものにならないように、人生を豊かにできても毎日の生活が大変だったり、常にバランスを取ることを考えなければならない。

「暮らし方」とは「生活」「人生」「生命(健康)」のバランスを取ることである一方、バランスの取り方に正解はない。ニューシニア世代にとっての「暮らし方」は、バランスを見直し、必要に応じてバランスを取り直すことだと思う。


次回は「生活・人生・生命(健康)」をもう一歩進めて、実際の暮らし方について考えてみたいと思う。
(ニューシニア講座は毎週1回、月4回の更新予定)



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