人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方




「ライフ(LIFE)」の意味には「生活」「人生」「生命(健康)」があります。前回までに「生活」「人生」を考えてみました。今回は「生命」を「健康」として考えてみたいと思います


◆「寿命」にもいろいろある

「寿命」には、「平均寿命・平均余命・健康寿命」という考え方があります。「平均寿命」は平均死亡年齢ではありません。統計的に計算された予測で、該当年に生まれた0歳児があと何年、つまり何歳まで生きるかという年齢です。「平均余命」とは、該当年の年齢であと何年生きるかという年数です。つまり0歳であれば、あと80年生きるとすれば平均寿命は80歳であり、50歳の人があと35年生きるとすれば平均寿命は85歳になります。

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出典:厚生労働省

「健康寿命」は、「日常生活に制限のない期間」と言われていますが、都市と地方では生活環境が異なりますし、他にも様々な要因が考えられますが、こちらも統計的に計算された予測年齢です。統計的にというのは過去のデータをもとにして起算し予測しているので不正確ではないのですが、計算方法が変わったり、元になるデータの集計方法や計算方法が変わると正確な比較ができません。世界的に見れば集計方法や計算方法が統一されていないので、各国が発表する「寿命」に関する年齢をそのまま比較することはできません。

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出典:男女共同参画白書 平成28年版

ただし、日本という限られた範囲で比較するのであれば、特に近年では正確な統計データをもとに比較されており、年々寿命が伸びいていることはまちがいありません。平成25年度の平均寿命と健康寿命の差は男性で約9歳、女性で約12歳短くなっています。同じ平成25年度の70歳男性の平均余命が約15年(平均寿命85歳)、85歳女性の平均余命が約8年(平均寿命93歳)となるので、健康寿命においても長寿の傾向があることは間違いありません。


◆超高齢社会はお金と健康

では「生命」を生きている期間ではなく、「日常生活に制限のない健康な期間」を長くするためにはどのように考えればよいのでしょうか。超高齢社会では、高齢者が生活するための資金管理と健康に生活するための健康管理に焦点が当てられて議論されています。資金管理と健康管理は年齢に関係なく必要であり、高齢になったからと始めるものではありません。資金管理も健康管理も積み重ねていくものですので高齢者だけの問題でないはずなのです。

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出典:国税庁

それではなぜ問題視され、議論されているのでしょうか。これには2つの側面があります。1つは資金的な問題、個人の資金ではなく公の資金で高齢者の生活を支えるようにしなければならないということです。もう1つは、この公の資金で大きな割合を占めるのが健康保険と介護保険、さらに年金や生活保護の問題です。健康であれば「日常生活に制限のない期間」が長くなれば、健康保険や介護保険を利用する期間も短くなり、また生活資金も自分自身で調達できる期間が長くなるということです。

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出典:内閣府

結局、健康で長生きするというのはお金の問題か、と思われる人も多いと思いますが、現実は現実です。社会的にはお金の問題として扱われることも多いのですが、個人的なことでも健康であるのと健康でないのとどちらがよいかと聞かれると、誰もが健康であることを望むでしょう。それは、健康であることには「自由」があるからです。「自由」というのは好きなことができるということではなく「日常生活に制限がない」ということです。食べたいものを食べれない、動きたいのに動けない、痛みや悩みという苦痛があるという生活上の制限がないということです。

現実的には、いくら健康に注意していても病気になるときは病気にりますし、どんない注意していても怪我をするときもあります。そして命を落とすことになるかもしれません。健康というのは、意識することであり、このような方法を取ったら絶対に病気にならない、絶対に怪我をしない、命を失うようなことはないということではないのです。少なくとも日本人の死亡率の高い原因なるようなことは避けるというのが健康的な生活を送る上で注意することです。

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出典:シニアガイド


◆「健康」の反対は「病気」ではない

「健康」と「病気」は同一線上にはありません。「健康」の反対は「病気」ではないのです。「健康」とは心身の状態であり、健康状態には良いと悪いがあります。健康状態が悪いと病気になりやすく、健康状態が良くても病気になることはあります。日本人の死亡原因には、大きく分けると悪性新生物(癌など)、心疾患や脳血管疾患(血管が原因)、肺炎があげられます。この他にも社会問題化しているストレスや事故に起因するものもあります。

「健康」の考え方として、どの部分の健康を考えればよいのでしょうか。まずは脳を除く「体」の健康です。脳を除くとしたのは「頭」の健康と分けるためです。高齢になると「認知症」という正常な判断ができなくなる症状が出てくる場合があります。「心」の健康というのは精神的・心理的な問題を抱えることです。いまだ「健康」というと体の健康を第一に考えがちですが、高齢になるにしたがって「頭」の健康、そして「心」の健康にも留意しなければなりません。

「健康」の程度は人によって異なります。医学的な検査数値では平常値として健康の範囲を測定できますが、個人差はかなりあります。一時は誰でもが気にしていた「メタボ」と呼ばれるメタボリック症候群は、複数の基準値で総合的に判断されるべきものが、太っているということだけで「メタボ」だと疑われたり、「隠れメタボ」などというように危機感を煽るように使われていました。最近では「健康」と「病気」は別々に考えられるようになっています。




◆健康に良い7つのモノとコト+もう1つ

「健康」の考え方として「体・頭・心」の3つに分けるという感が方をしてみると、それぞれの健康に良い方法というのはどのようなモノ、どのようなコトなのでしょうか。まず、考えられるのが「栄養」「運動」「休養」です。「体は口から入るもので作られる」ち言われるように食事と栄養の関係は健康を考えるうえでは欠かせません。「運動」はスポーツという意味での運動だけではなく、日常の運動です。骨格と筋肉と内臓の動きを意識することです。「休養」は睡眠に代表されますが、眠ることの重要性を理解すると共に、短時間の休憩、長期間の休暇というような考え方も必要です。

「栄養」「運動」「休養」の他にも健康を考えるうえで欠かせないモノとコトがあります。「時間」は生活リズムと体のリズムを整えるときに適切な時刻と時間があります。「時間医学」という新しい分野で研究されていて、同じ食べ物、同じ運動、同じ睡眠でも適切な時刻と時間があります。「環境」も健康を維持するには注意が必要です。特に化学物質が多い現代では、知らないうちに体に入り込んでいることがあります。空気と水には注意したいところです。

「頭」の健康には「学び」が大切です。学問ということではありません。考えるという思考力・集中力・判断力、そして行動力などです。高齢になるとゲームや手作業でボケないようにするということが言われますが、まさに「頭」を使うことに他なりません。「習慣」はこれらの健康に良いモノやコトを継続するために必要なことです。もちろん悪い習慣は止めなければなりません。良い習慣を続けるには「無意識」を意識することです。

最後に「心」の健康です。「心」の健康は人によってかなり違います。それは性質や性格によることが多く、例えば「せっかちな人」は「行動が早い人」と両側面があります。「心」の健康とは決して穏やかな心理状態だけではないと私は思います。共通して言えることは「心」が健康な人は「オープンマインドがあり、コミュニケーション」が取れる人だと思います。「心」が健康でない人は閉鎖的・悲観的な考えを持ちやすく、誰とも話さなくなるような気がします。これは私が感じているだけかもしれませんが。


ここまでに「ライフ(LIFE)」を「生活」「人生」「生命(健康)」として考えてきました。次回からは、「働き方」と「暮らし方」に共通する「学び方」と「遊び方」について考えてみたいと思います。
(ニューシニア講座は毎週1回、月4回の更新予定)


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