◆年代×分野×成長

シニアという年代は漠然としすぎていますので、前回は人口ピラミッドのくびれの部分と定年制の延長と年金受給年齢の変更という社会環境に合わせて分類してみました。




・50-54歳 シニアという自覚はない世代
・55-64歳 定年も年金も移行期にある"くびれ"世代(ニューシニア)
・65-69歳 団塊の世代を含む人口膨張期の世代
・70歳以降 シニアからシルバー、さらに名実ともに高齢者へ

新おとな学

それぞれの世代で考えなけらばならないのは毎日の生活です。生活というのは広義の意味で、広義の意味の生活には、公的な「仕事」・私的な「生活」(プライベート)・「健康」という3つの分野が含まれます。この3つの分野は個人によって異なりますし固定的ではありません。今は仕事に就いていても近い将来に仕事をしていないかもしれませんし、生活環境も健康状態も流動的です。したがって年代だけで分類するのではなく、自分の置かれている環境と状況を常に把握する必要があります。

さらに実年齢とは関係なく、個人の能力は肉体的・頭脳的・精神的に異なります。肉体的=体・頭脳的=頭・精神的=心という3つの成長過程(老化過程)が異なります。人間の体・頭・心は成長期・安定期・老化期の3つに分けて考えることができます。例えば個人で仕事をしていて健康状態もよく経済的にも安定している人は、たとえ65歳以上でも感覚的には50代前半となんら変わらないでしょう。あとは容姿と立ち振る舞いで周囲から判断されることになります。


◆好きなこと・やりたいこと

人間の「心」には「好き」という感情があります。「好きなこと」を「やりたいこと」に変えるのは「頭」の働きだと思うのですがどうでしょうか。精神医学、脳科学の専門家ではありませんので、確実な検証データに基づいた話ではありません。私は「好きなことをやりたい」というのは何かすっきりしていませんでした。好きなことならすればよい、というのが私の考えです。好きなことというのは自発的な考えです。他人がとやかく言うことではありません。「好きなこと」ができないのは「好き」の度合いが弱いという原因が自分にあるか、できない原因が外部にあるかのどちらかです。

「好き」を「やりたい」に変える力というのは、なにも自分だけで変える必要はありません。原因を取り除く、解決する方法を考えることができないというのが根本原因だと思います。他の人の力を借りて取り除くこともできます。定年を迎えたらもう働きたくない、好きなことをして暮らしたいがそうもいかない、という話を耳にするといつも思うのがこの「好き」と「やりたい」の考え方です。これは何も定年だからということではなく、本人が考え方を知らない、考えたくない、考えたこともないということだと思います。


◆できること・やらなければならないこと

「好き」と「やりたい」が違うように、「できる」と「やらなければならない」の違いも理解しておく必要があります。「できる」の反意語はありません。「できる」か「できない」かのどちらかです。ただ正確には「今はできない」ということであり、「過去にできた」「将来はできる」という意味ではありません。いつまでに「できる」ようになるのかということが本来の「できる」の意味だと思います。例えば、他にできる仕事があるかどうかを考えた時に、いつまでにできるようになるかという考えではなく、今できる仕事というように考えていないでしょうか。

もう1つの「やらなければならない」についても考えてみたいと思います。好きなことはやりたいが、やらなければならないことが多くてできないという言い方をしたことありませんか。私はあります。今になって思えばとんでもない勘違い野郎でした。言い方を変えると、自分がすごく好きでしたいことがあるのだけれども、自分以外のところに原因があって、その原因を取り除く方法が自分では考えつかなくて、今はできないということになります。まどろこしいのですが、1つ1つの考えを分解して考えることができずに「できない」という結論だけを言いたいのです。

新おとな学


◆ニューシニアにとっての考え方

さて、55-64歳のニューシニア世代の人が「できない」という結論だけを語るのであれば、それは成長期も安定期も過ぎて老化期に入っているということです。つまり「できない」の意味は「生きているうちにはできない」という意味で使うことになるからです。いつまでならできる、いつまでにできるという時間感覚が弱くなっているのです。感覚というのは個人差があります。分かりやすいところでは視覚(視力)は個人差がありますし、齢を取れば弱くなってきます。それを補強するのが眼鏡です。時間感覚も個人差がありますが、齢を取るにつれて補強することが難しくなります。

では、ニューシニア世代ではどのように考えれば良いのでしょうか。答は1つではありませんが、例えばということで考えてみたいと思います。

  • 「好きなこと」を考えてみる。「好きなこと」を好きなだけあげてみる。「好きなこと」に順番をつける。「好きなこと」をしていない理由(原因)を考える。
  • 「やりたいこと」を考えてみる。このときに「好きなこと」と重なってもよい。「やりたいこと」の前に「誰のために」をつけてみる。自分のためでも自分以外のためでもよい。「やりたこと」の順番をつける。
  • 「できること」を考えてみる。このときに過去にできたこと、今できること、将来できるようになることを分けて考える。できたことも、できるようになることも、「できること」ではないのだが時間感覚を取り戻すために行う。
  • 「やらなければならないこと」を考えてみる。このときに「やらなければならないこと」にどのくらいの時間をかけているのかを考える。同じように「やらなくてもよいこと」を考え、どのくらい時間をかけているのかを考え、時間感覚を養う。

考えることはこれだけではありませんが、できるだけシンプルに考えてみてください。4つのことを分けて考えることで、今の自分の状況を客観的に考えることができます。もしできなければ、考え方をアレンジして客観的に考えることができるようにすることが重要です。




◆時間感覚

ニューシニア世代になると時間に限界があります。いくらでも時間があるという時間感覚で過ごしてはいけない世代になっています。これは金銭感覚と同じで時間感覚を養うことが重要なのです。その上で「好きなこと」を「やりたいこと」に変えていく手順を考えなければなりません。そのときに「できること」「やらなければならないこと」も組み合わせていく必要があるのです。お金の場合は手持ちのお金で生活することが大前提になります。時間も同じで手持ちの時間で生活しなければなりません。

お金の場合は増やすことができますが、時間は増やすことはできません。お金は節約することはできますが、時間は節約しても他の時間として使うことになります。お金は10万円を20万円位増やすことはできても、時間は1日24時間を30時間に増やすことはできません。例えば、お金は1万円節約すれば他に使わなければ1万円残りますが、時間は1時間節約しても他のことに1時間使うので残りません。ニューシニア世代は時間感覚が大きく変わる年代なのです。「仕事と生活と健康」のそれぞれについて時間感覚のバランスを見直すことが必要になります。

また、ニューシニア世代になって「仕事と生活と健康」のバランスが変わると同時に、「体と頭と心」のバランスも変えなければならないのです。例えば仕事上で、定年により収入のバランスが変わることが分かれば、体と頭と心のバランスを変える必要があるのです。仕事をしているときは体を使うことが前提で頭と心のバランスを取っていましたが、体を使わなくなるとそのままでは頭と心のバランスが取れなくなります。頭は思うように働かなくなり、心は孤立感にさいなまれることにもなりかねません。気晴らしに旅行へ行ってもそのときだけの解消方法です。もう一度働いてみようかと思っても、過去に「できたこと」が邪魔をし、新たな仕事にやりがいを求めることも難しくなります。



仕事には定年はあっても人生には定年はないのです。ニューシニア世代以降の「仕事×生活×健康」と「体×頭×心」のバランスを取るために、前述の「好きなこと」「やりたいこと」「できること」「やらなければならないこと」を考えてみてはどうでしょうか。
次回は「好きなことを仕事にせずに、やりたいことを仕事にする」として考えてみたいと思います。
(ニューシニア講座は毎週1回、月4回の更新予定)




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