人間の成長は二十歳代をピークにして下降線をたどると言われています。つまりピークの後は老化が始まるわけです。人生百年時代と言われており、その中間点を50歳とすると人生後半戦は50歳から始まります。




社会的な立場と健康の状態で人生後半戦のありさまは人それぞれ違いますが、人生前半戦と比べると右肩上がりという人よりも右肩下がり、下降線をたどる人のほうが多くなります。できれば下降線は緩やかに、そして終わりは苦しまずに逝きたいと誰もが願っていると思います。

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◆社会的な立場と健康の状態

社会的な立場は収入によって顕著に表すことができます。どのような統計をみても50歳代をピークに下降線をたどっています。ただし、収入が多くても支出が多くては実質的な収入は少なくなるので個人差は大きいと思います。
一方で40歳代で多くなる負債も50歳代では減少傾向になり、貯蓄額も60歳代が最も多いなど年齢を重ねるにつれて実質的な収入が多くなる傾向があります。個人差はあるにせよ年齢を重ねるにつれて実際の収入額が多くなり、年金で生活するようになってからは不足分を貯蓄から補填すると考えられます。

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社会的な立場は50歳から60歳にかけてピークを迎える一方で、健康の状態はというと女性は40歳代、男性は50歳代に「自分が健康でない」と感じるようになる割合が増えてきます。女性はホルモンバランスによることも考えられますが、いずれにせよ男女とも60歳代には不健康と感じる割合が多くなってきます。
健康は体力との関係が大きいと考えられています。体力には、運動を中心とした行動体力と外からのストレスに対する防衛体力に分けられます。一般的な成長曲線が下降をたどっても、運動をすることによって行動体力を維持し、防衛体力も維持することによって、総体的な健康体力を維持することができます。

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身体的な「体」の健康の他に、「頭」の健康と「心」の健康も考えなければなりません。頭の健康とは考える力、すなわち思考力です。計算力、記憶力、判断力など多くの能力が脳によって支えられています。体を使わないと筋肉が衰えるのと同じように、頭も使わないと考える力が衰えます。
心の健康とは精神状態と言われるものです。齢を重ねることによって経験も多くなり、精神状態も安定していくと考えられていましたが、近年では高齢者でも精神状態が安定せずに「キレル」という状態になる高齢者も増えています。これは、前述の社会的環境や経済状態、体や頭の健康が心に及ぼしていることも考えられます。


◆人生後半戦と終活という作業

このようなに人生後半戦を迎える中で、どのような暮らし方を送るようにすればよいのでしょうか。自分の身に降りかかっている問題は人それぞれ違います。その一つ一つを解決していくときには、やはり一番大きな問題となることを一番最初に取り組まなければなりません。
大きな問題の解決には時間がかかります。大きな問題に取り組みながら、それ以外の問題も同時に取り組んでいくという姿勢が必要になります。後回しにすると、大きな問題は自分で解決せずに後世に残してしまいます。できれば問題は自分の世代で解決して後世に引き継ぎたいものです。

終活という言葉が一般的になりました。終活とは、自分の人生のエンディングを準備することです。終活は、生前整理(物理的物品・社会的関係)、介護・葬儀・埋葬、遺産相続などを文書にして残すことが必要となります。
この中で一番大きな問題となりそうなことをまず考えなければなりません。土地や家屋の財産があるなら遺産相続をはずすことはできませんし、持病があるのならば万が一の時の介護などが大きな問題となることもあります。持病がなくても年に一度は健康診断、精密検査を受けておくことは必要ではありますが。

人生後半戦をどのように暮らしていくかを考える上では、現時点の状況を客観的に把握する必要があります。終活アドバイザーやファイナンシャルプランナーに相談することもできますが、まず自分で調べて書き出してみることから始まります。
この作業は自分の暮らし方のためだけでなく、自分自身がこれからどのように生きたいかという「生き方」にも向かい合う大切な作業です。できれば、一度きりならず毎年、3年に1回は行いたい作業です。ちなみに私は毎年誕生日に、3年毎の正月に見直しています。なかなか思うように人生は捗らないものです。



◆物理的物品整理とは断捨離か

ここまでは人生後半戦は、人生前半戦の上昇曲線とは違い、下降曲線に変わるということを書いていきました。そして今後の人生をもう一度見直すために終活などを参考にして客観的に考えて暮らし方を変える必要があると考えてきました。
もう少しだけ具体的に考えてみたいと思います。例えば、終活でいう生前整理の物理的物品の整理とはどのようにすればよいのでしょうか。終活は後に残された人のために考えることが多いのですが、自分の人生後半戦の暮らし方のために考えてみたいと思います。

物理的物品の整理は、作業的には簡単です。モノを少なくする暮らし方をすることです。いわゆる断捨離です。モノを増やさない、モノを減らす、モノを欲しがらないという生活です。とはいえ、現在、人生後半戦を迎えている世代は、モノの豊かさ=生活の便利さ=暮らしの豊かさという生き方をしてきました。
これらを根こそぎ払拭することは心理的に難しい作業です。普段の楽しみの中でもモノが増える要素はたくさんあります。物品整理とはモノを少なくするという作業のようで、実際は心の中の作業なのです。

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物品の中で一番大きなモノは、土地と家です。これは別に考えることにします。土地と家の次に大きいモノは何でしょうか。モノが多いというのは、使っていないモノが多いということです。同じように使っていないサービスも多いということも考えれます。
例えば、固定電話は使っていない人もたくさんいます。ファクシミリ付き電話も使う機会が少なくなっているのではないでしょうか。使わない食器、着ることのない服、読まない本・雑誌、新聞もテレビ欄が一番見ることが多くなっていたりします。

モノを減らすときに厄介なことが2つあります。1つは、なにかの時に使うかもしれないという未来への不安、もう1つは過去にあった良い思い出、これらがモノに置き換わるとモノを減らす作業は難しくなります。不安も思い出も心の中のことですが、モノとして見える形になると安心するのです。
不安を解消するためには、不安も具体的にしましょう。具体的にすることで、減らす対象になるかどうかを判断します。思い出は、モノではなくストーリーとして残しましょう。「物ではなく物語」にするのです。



人生後半戦の暮らし方は、環境も自分も変わることを理解し、暮らし方を変えることを拒まないということになります。次回は「人生後半戦はニューシニア世代で決まる」として考えてみたいと思います。
(ニューシニア講座は毎週1回、月4回の更新予定)





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