人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


50歳を過ぎたニューシニア世代になると、「趣味の一つで持っていなければ定年になって時間ができても何もすることがなくなるぞ」と脅かされている方もいるのではないでしょうか。


家に居ることが多い女性の方も子育てが一段落し家事に関わる時間もほどほどになると、パートに出ようかそれとも長いことやりたかった好きなことを始めようかなと思っているかと思います。


◆好きなことをする

ところが好きなことをするのが趣味かと言えば、俺は寝るのが趣味だ、酒を飲むのが趣味だと大言壮語を吐く御仁もいらっしゃるようです。

好きなことは必ずしも趣味とはいえないと分かっていても、照れ隠しで言っているのがバレバレにもかかわらず、一向に趣味を持たない・持てないのはなぜでしょうか。


◆本能の段階

好きなことには「3段階」があります。最初は「本能」の段階です。まずは、感覚的におもしろそうだ、快感が得られそうだ、心地よさそうだと思うことを試そうとする段階です。

「とりあえずやってみようかな」と口では言っても、その裏には必ず「おもしろい・快感がある・心地よい」という期待があります。理屈よりも本能を刺激することが最初の段階です。


◆遊びの段階

実際に試してみて期待通り、期待に近い結果が得られると、繰り返してみたくなります。もう一度、同じ方法で繰り返してみてもやはり期待通りか、期待に近い結果が得られるとまた繰り返します。

これが「遊び」の段階です。ただ繰り返すだけではなく、もっと工夫はできないだろうかと考えますが、なかなか思いつかない場合は飽きてしまいます。工夫というアイデアが続く限りは遊びの段階は続きます。


◆趣味の段階

「遊び」の段階を続けると、不思議なことに制約をつけてアイデアを絞り込むようになり、本能から理屈、理性の段階へと進みます。

これを「こだわり」とも言いますが、人間が持つ知的欲求を刺激するのではないでしょうか。

「遊び」が飽きてしまうよ止めてしまうという短期的な楽しみだとすると、知的欲求が続く限り長期的な楽しみとなるのが「趣味」の段階です。




◆ニューシニア世代の趣味

50歳を過ぎたニューシニア世代で長期的な楽しみを持っていないというのは、仕事一辺倒だった、生活するのに追われてと理由が様々でしょうが、そろそろ「ゆとり」を持って趣味でも始めてみてはどうかということを示唆されているのではないでしょうか。

例えばゴルフ、上手くならないから止めたという話を友人から聞くこともあります。「遊び」の段階で終わって「趣味」にはならなかったのだと思います。知的欲求の話をすると気分を悪くするので、やんわりと言葉を濁しますが、内心では「もったいなぁ、やめることはないのに。」と思ったりもしているのです。



そういえば、「ゆとり」のことを「あそび」とも言いますよね。
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