趣味の持てない人は「好き嫌いがない人」です。強いて言えば、嫌いはなくても「好き」がある人なら誰でも趣味は持てます。趣味とは言えなくても、遊びどまりでも、まずは楽しいことが大切です。




「好き」という気持ちは、どのようにして生まれるのでしょうか。これは理屈や理論をこねくりまわすよりも、「本能」という言葉で説明したほうが良いと思います。


◆本能ってなんだ?

好きという気持ち・感情を「本能」という言葉で説明するにしても、専門的な分野では「本能」という言葉は使わなくなっているそうです。それなのになぜ「本能」で説明と書いたかというと、深い意味はありません。

人間の気持ち・感情は、まだまだ解明されていないことが多く、解明されていない分からないことは曖昧な言葉で説明した方が早いのです。それが「本能」という言葉です。深く考えずに「好き」という気持ちを持つことが大切です。


◆「好き」という気持ち

同じモノやコトを見たり聞いたりしても、好きな人もいれば、好きでない人もいます。好きでないことを嫌いと思いがちですが、そうではありません。好きでも嫌いでもないという気持ち・感情もあるのです。

好きなことを「好き」ということができれば、「趣味」までの道のりは開けたことになります。好きの次は、好きなモノやコトを良く知り、身近に感じることから始まります。


◆ちょっと待った!

「好きなことは好き」で良いのですが、世の中には公序良俗とい不文律の決まりがあります。何が公序良俗かということではなく、「公序良俗がある」ということだけは頭に入れておいてください。

公序良俗に反する「好き」という気持ち・感情を育んでしまうと「変態」と呼ばれ、場合によっては犯罪となってしまいます。良識のある行動の範囲で考えてください。


◆「好き」が遊びになる

「好き」が高じれば、何度でも、何回でも、同じモノを集めたり、同じことを繰り返します。「下手の横好き」という言葉あるように、上手下手は関係なく集めたり繰り返す、これが「遊び」です。

「遊び」には終わりがあります。「好き」という気持ち・感情がなくなれば終わってしまします。「遊び」から「趣味」へ変わるのは、「好き」だけではなく「こだわり」が生まれたときです。 「こだわり」を持つと遊びとは違い長続きします。


◆「こだわり」が分かれめ

「こだわり」を持つようになると、自分の中だけの「こだわり」と、誰かに認めてもらいたいとう「こだわり」が生まれてきます。誰かに認めもらうという「こだわり」が仕事につながるときもあります。

経済的、時間的、人間関係などのタイミングが合えば、趣味が仕事に変わる可能性もあります。これを「チャンス」と呼んでいるのではないでしょうか。




◆ニューシニア世代は趣味は必要か?

すでに趣味と言えるものを持っている方は、「チャンス」があれば仕事にもつながります。誰かに認めたもらいたいという気持ちが自分にはなくても、プロデュースする人がいれば仕事になるでしょう。

「趣味ではなく遊び」と思っている方が、私は一番幸せなのではないかと思っています。幸せというのは「楽しい」ということで、結果がどうであろうと過程が楽しいのです。仕事になると結果を出さなければなりませんので、遊びの時の楽しさはなくなるのです。



ニューシニア世代は、趣味ではなく遊びが必要であって、趣味となるのは一部の人だと思います。ただ一部の人の中で、趣味からさらに仕事へと変えることができる人もいるのです。
もし、繰り返して遊ぶこともないのであれば、ぜひ「好きから始まる遊び」を持ってはいかがでしょうか。





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