人生後半戦、いろいろなことがある。
4日前に生死の境にいたとは思えないほど体の調子は良いような気がするが・・。




最後のマグロ


昨夕、一般病棟へ移ることを告げられた。そしてこれから管を抜きに担当医がやってくる。ICUから出るのは4日ぶりだ。期待も不安もない。まな板の上の鯉状態、ベッドの上のマグロ状態に変わりはない。Re

担当医がやってきて、右脚付け根の管を抜く。太い管と細い管が入っているそうだ。太い管を抜く。胸元に生温かい感じがした後、数秒で管が抜ける。次は細い管、と思っているうちにあっさり抜いてしまった。細い方は何も感じなかった。

抜いた後は止血のため、30分ほど手で押さえながら待つ。ここだけやたらアナログだ。急所は隠れているものの、風通しはいい。ちなみに担当医は女医さんだ。今後のリハビリの予定などを聞きながら、ひたすら30分間経つのを待つ。

そしてその後といえば、いつもの通り体を清浄してもらうため、最後のマグロ状態だ。髭も剃ってもらった。さっぱりした。点滴も取れ、繋がっているのは採尿のための管だけになった。まだ歩けないので、これは諦めるしかない。


一般病棟へ


一般病棟へはベッドに乗ったまま運ばれて行く。ICUの空気圧で体圧を分散してくれるマットから比べると、一般病棟のベッドのマットは硬い。「1・2・3」の掛け声でベッド移動した、いや、してもらった。

ICUから出て、初めてここが病院だという実感がわいた。エレベーターに乗り、一般病棟へ向かった。窓際の位置だった。4人部屋、他のベッドに寝ている人はいたが皆、静かだった。それもそのはず、心臓血管系でなんらかの治療を行った人ばかりなのだ。

ペースメーカー、足の血管を移植(バイパス)、バルーンでなんとかという会話がチラチラ聞こえた。んー、一般病棟へ移ってからリハビリを行って10日間くらいはかかるそうだ。今日は移動でおしまい、明日からリハビリだ。


ネットは心強い


一般病棟へ移って感じた一番の違いは、ネットにアクセスできることだ。普段からテレビもあまり見ないので、ネットでここ数日分の世の中の出来事をおさらいした。そして、身内にも一般病棟へ移ったことを連絡した。

「ネットでつながる」ということをあんまり意識したことはない。SNSも必要なだけしか使わないし、メールなんかは仕事以外ではほとんど使わない。SMSとLINEだけで十分だと思っていた。今回は「ネットでつながる」の意味がわかったような気がする。

理屈ではわかっていたけれども、感覚ではわかっていなかったということだ。この日は2G以上使った。


リハビリが始まる


初日のリハビリは、心電図を付けてベッドの横に立つだけ。心電図の結果を担当医に報告し、2-3時間後には結果が分かる。これだけだった。あとはひたすら眠るだけである。ICUでは寝返りが思うようにできなかったので1時間起きに目が覚めていたが、ここでは違う。うたた寝が心地よい。

2日めのリハビリは、初日と同じく心電図を付けて30m歩く。これでおしまい。心電図に異常がなければ、あとは暇だ。と思っていたら、朗報が届いた。採尿の管を抜いてもらえることになった。これで自力でトイレへ行ける。うんこがしたかったのだ。

3日め-5日めのリハビリは100m-500mと徐々に距離を伸ばして行った。特に問題なし。同一階の病棟内は自由に動けるようになった。ただ病棟内で行くところと言えば、WiFiが繋がる談話室とトイレだけだった。


入院費の支払い


身内に入院時の不足物や退院時の服装や支払いについて確認された。そういえば、今回の支払いは高額医療制度の対象になるはずだ。医事課からの確認があったものの、その後の経過がわからない。

以前は「協会けんぽ」で高額医療制度を利用したことがある。そのときは初めての利用だったので、要領が分からず退院時に3割負担をした。その後で還付申請をした。一時的に50-60万円を支払ったと思う。

今回はそれ以上にかかるはずだし、今は「国保」である。同じ手続きでよいのかどうかもわからない。近年になって保険制度が変わることが多かったので、都度確認しなければわからないのだ。


一時的に支払額が


結論は、「月毎・病院毎に高額医療制度を利用できる」ということだった。つまり、最初に運ばれた大学病院への支払い・今居る病院への支払い・月が替わったのでそれぞれの月の支払い、ということになる。

病院間の転送がなく、月が替わらなければ、今回の入院で要した費用の全額が高額医療の対象となって一度で手続きが済んだのが、そうはいかなかった。大学病院と今居る病院へはそれぞれ支払って、後で還付請求をすることになる。

退院時には月が替わったため、2ヵ月分の支払いを行う。退院後に通院で支払う費用があった場合は、後で還付請求を行うという説明を受けた。ついていない、とは思ったものの命拾いしたからいいか、という気持ちだった。

一時的には支払いが増えるものの、以前のような3割負担にならないだけマシだった。


リハビリが休みの日が1日あった。その次の日にリハビリセンターに行く道すがら言われたのが、
自転車のリハビリでOKが出れば退院できます」だった。


続きを読む




このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ