人生前半戦にも人生への考え方が変わることがありました。人生後半戦にもまた人生を考え直すことが起きました。これで三度目の人生という意味での「三つの命」ではありません。「三つの命」とは・・




あの時、死んでいたかもしれない


◆大ごとになっていた


1ヵ月半前に急性心筋梗塞になって死にそうになったことは、もう何度も書いています。救急車・ドクターカー・消防車・パトカーが駆けつけてくて一命をとりとめたわけですが、本人は意識がなくて大ごとになっていたとは知りませんでした。

◆記憶になかったことが

病院からの請求書が届き、それなりに大ごとだったのだと実感していました。1ヵ月半経った今でも近所の人に会うたびに、あまり見慣れない光景だったことを教えてもらっています。当日のことはまったく記憶にないので、人づてに聞いた話で当日の事の重大さを感じています。

◆一度は死んだのと同じ

ICUで「心臓が止まったので、一度死んだのと同じ」と言われたのが頭にこびり付いています。そして時間が経つにつれて、その言葉の意味を重く感じています。心臓リハビリのために毎日食事療法と運動療法は続けていますが、先が見えません。

◆心臓は元には戻らない

「一度ダメージを受けた部分の心臓は元にはもどらない」ということです。ネットでググってみると再発率も、心臓リハビリを行わなければ高くなると書かれています。心臓リハビリとて言っても、今まで以上に健康管理を厳しく行っているだけですが。



「三つの命」を考え直す時が来た


◆死への恐怖感が今ごろ

もしあの時、救急車を呼ばずに我慢していたら、と思うとゾッとしまうす。死への恐怖感が今になって湧いてきています。命を救っていただいたという気持ちが日々強くなっており、関わった方々に心から感謝しているの本心です。

◆人間には三つの命がある


30代の頃に「人間には三つの命がある」ということを考えたことがあります。「生命」「運命」「使命」です。今まで「運命」と「使命」については、仕事をする上でいろいろと考えできましたが、「生命」について深く考えたことはありませんでした。

◆健康な生命

もちろん10代で病気をしたので、健康管理については同年代の人よりも学び実行していたと思います。「生命=健康」という考え方です。今回、死に直結するような症状になって思ったのは「生命」というのは「健康」だけではないということです。

◆死は突然に

もし、あの日に死んでいたら「寿命」を迎えたことになります。人間いつ死ぬかわかりません。死ぬときは突然死ぬのです。両親を看取りましたが、やはり死ぬ直前まで生きていたのに、ある瞬間に突然息を引き取りました。

◆生きるということ

いつ死ぬか分からないなら、好きなことをやって死のうという刹那的に考える気はしません。一度死んだのだから、二度目の人生は好きなことをしようとも思いません。「生命」とは「生きること」であり、時間を継続させることだと思うのです。

◆時間を明日につなげる

今日生きてきた時間が明日という日につなげるためにどうしたらよいのか、ということです。意識的にでも無意識にでも、それが「生きること=生命」だと思うのです。人生後半戦は生きることの時間を大切にしなければならないと強く感じています。



運命は変えられない、受け入れるだけ


◆良いことも悪いことも

生きていくうえでは、いろいろなことがあります。自分の生きてきた時間を振り返っても良いことも悪いこともありました。よく考えれば、こらから生きていくうえで、もっと良いことも悪いこともあるかもしれません。

◆事実はひとつ

良いこと、悪いことというのは、比較の問題であって、自分の予想の範囲を超えているということに過ぎません。起こっている事実は同じです。今回の急性心筋梗塞も不幸中の幸いと言えるかもしれませんが、事実はひとつです。

◆受け入れるということ

そう考えると「命」の2つめの意味である「運命」を受け入れることができます。「運命」は変えることができるとも言いますが、私はそうは思いません。運勢は変えられても運命は変えられないと思っています。むしろどう受け入れるか、という風に考えています。

◆どう思うかはみな違う

今回、急性心筋梗塞になったのも運命だと思っています。そして命が助かったのも運命だと思っています。このことを「あー良かった」と思うだけでなく、こらからは注意しよう、生活を変えよう、命を大事にしようと思うかは人それぞれです。

◆自分の力が及ばないこと

「運命」とは自分の力ではどうしようもないことが起きることだと考えています。良いことも悪いことも自分の力の届かないところで起こりうることだと思っています。どんなに注意してまた心臓が止まるようなことが再発すれば、それも「運命」です。

◆運命を受け入れるから

「運命」の良し悪しは、願っても悔やんでも起きるときは起きるのですから受け入れるしかありません。どのように受け入れるか、受け入れた後にどのように考え行動するかが、その後の運勢を上げることだと思います。「運命」を受け入れるから運勢を上げられるとも思っています。



これから自分で自分に課す決め事とは


◆人生においての使命

3つめの「命」は「使命」です。「使命」とは自分で自分に課す決め事です。仕事ではよくこの言葉を使いますが、人生においての「使命」とはなにかとは今まで考えたことがあまりありません。考えていたとしても明確な答えは持っていなかったと思います。

◆生きることが使命?

今回のことをきっかけに、事の重大さを思い知るにつれ、「使命」について考えています。今、自分が最も重く考えなければならないことは「生きること」です。運命よりも使命よりも「生命」です。生きることが使命なのか?とも考えますが、今ひとつ違うような気もします。

◆人生とは働くこと

「人生はビジネスである」「生涯現役、一生働く」と今まで考えていました。働くことが楽しいのです。自分で考えて、自分で実行し、良くも悪くも結果が出ます。稼ぎが少ない時もあれば多い時もあります。稼ぐことは「使命」ではなく結果だと思っています。ただ生活するための最低限の稼ぎ・儲けは考えますが。

◆仕事には相手がいる

仕事をするときは相手がいます。相手とは顧客です。自分の感覚では、顧客と言うよりは仕事全体から見るとパートナーのような感覚です。相手がいない仕事(ビジネス)は、仕事ではなく芸術の領域だと思っています。

◆満足の上の幸福

仕事の相手に喜んでもらうこと、満足の上を行く「幸福」を感じてもらうことができれば良い仕事ができたと思うようにしてます。幸福を感じた時に対価としてお金をいただくというのが私の考え方です。

◆幸福と対価

人によって幸福の程度も対価の程度も異なりますので、本来なら稼ぎ・儲けも異なります。最低限の生活をおくるために定価をつけることもあります。定価以上の対価があれば、それに越したことはありません。ただ、こんな考え方では大金を手に入れることはできませんが。

◆人生の使命は?

仕事での「使命」については語ることができるのですが、人生についての「使命」について語ることができません。暮らし方については「使命感」というよりは、自分が幸せだと思う暮らし方をするようにしています。

◆人生後半戦の使命

人生後半戦において「使命」をどのように考え、働き方・暮らし方・生き方に反映させていくかはもう少し考えたいと思います。今は「頑張らない・我慢しない・焦らない」ことを自分に言い聞かせています。



◆◆◆◆◆

急性心筋梗塞の後の生活は、仕事重視の生活ではありません。つまり「人生はビジネス」という生活ではないのです。生きること重視の生活です。暮らし方も、生きていればまず良しということです。

「人生はビジネス」という考えを止めたわけではありません。これから仕事をしていく上での「使命」について考え方を変えなければならないと思っています。まず「生きること」を考えなければ使命も運命もないということです。

人生後半戦は、「生命」を大切にし「運命」を受け入れ「使命」を全うする時期なのかもしれません。
今日も生きてきたことに感謝し、明日につながることを祈って眠りにつきます。
おやすみなさい。(昨日22時記)




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