人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


ニューシニア講座も7回目まで進んできましたが、そろそろ次のステップに入ろうかと思い、今まで右往左往しながら綴ってきた事柄をまとめてみます。最初の頃とは思惑が異なり、当初考えていた方向と違う内容にいなってしまった記事もありますので整理してみました。



★50歳を過ぎたころから考えてきたことがある


一生の計画を

毎年正月に今年一年の計画を立てています。50歳になった時に、ふと1年ではなく一生の計画を立ててみたくなりました。ところがなかなか計画が立てられないのです。あまりにも不確定要素が多くて、わからないことだらけでした。そこで考えたのが「どんなふうに年を取りたいか」ということです。

シンプルに生きる

最初に思い浮かんだのが「シンプルに生きる」ということでした。「シンプル」という言葉には不思議と魅力を感じます。日本語すると「質素・簡素・簡単・単純・容易・・・」などの意味にいなりますが、私自身の「シンプル」は「周りに囚われない」ということです。50歳になって振り返った時に、自分らしい自分ではないことに気が付いたのかもしれません。

ナチュラルに生きる

50歳からの人生を「人生後半戦」と考え始めたのもこの頃からです。年を取ることよりもいつまでも若々しくありたいというアンチエイジングという考え方もあります。私の年の取り方は、「ナチュラルエイジング」という年を取ることを楽しむという考え方です。毎日毎日が自然に年を取り、今日も一日生きてきたという実感を味わうようにしています。そして明日は何をしようかと考えるのが「ナチュラルエイジング」の考え方です。

知識よりも知性を持つ

年を取るにつれて、体も頭も心も働かなくなってくるのは自然の流れです。両親を介護していたので年老いていく自然の流れを目の前で見ていました。なにごとにも関心がなくなっていき、話すのは昔話ばかりになりました。なにかを知りたいという知識欲が薄れてきたのです。外部から知識を得ることができなくなると、知識を元にした考え方ができなくなるのです。知識を元にした考え方が「知性」です。年を取ってからも「知性」を持ちたいと今でも思っています。




「snias」は、Simple・Natural・Intellectualの意味から


sniasというドメイン

ブログを書いてみようかと思い始めたのも50代になってからです。まずは練習のつもりで身の回りのことを書き始め、次にブログのテクニカルな面も学びました。ドメインを取るときに「シンプル・ナチュラル・知性」の意味で「Simple・Natural・Intellectual」の頭文字「sni」を考えましたが3文字ドメインを取れるわけがありません。それで「Simple Natural Intellectual Ageing Style」の頭文字「snias」をドメインにしました。

働き方と暮らし方

最初にブログのテーマとして考えたのが「人生後半戦の働き方と暮らし方」です。人生後半戦の大きなイベントは「退職」です。ワークライフバランスと言うように仕事と生活は両輪です。退職をすることで生活が変わる、変えなければならないということは、今では周知の事です。さらに人生後半戦には家族の変化もあります。子供の結婚、孫の誕生、そして両親の介護です。私の場合は、予想以上に早く、重く、「介護」が重圧となって訪れました。

学び方と遊び方

両親の介護を行いながら考えていたのが、人生後半戦の3つめのイベントである「老後」です。健康寿命は男女とも70代前半に訪れます。70代後半には老後生活に入ります。老後の働き方と暮らし方を考えた時に、今までの経験からは予測できないことが起きているに違いありません。老後はその時になって考えればよいと悠長なことは言ってられません。その時に今と同じ「体・頭・心」でいる保証はないのです。今から何を行えば良いかと考えたのが「学び方と遊び方」です。

人生後半戦の生き方

「学び方」はインプット、「遊び方」は「アウトプット」です。50代60代では学ぶことも遊ぶことも、仕事と生活の中に溶け込ますことがでいます。老後は意識しないと学ぶことも遊ぶことも積極的にはできません。いわゆるボケ防止ですが、その本当の意味は「人間らしく生きる」ということです。「生きる」ということは「働く」「暮らす」だけではなく、日々のインプットとアウトプット、「学び」と「遊び」が必要だと両親の介護を通して気が付きました。




人生後半戦は下り坂、終わり良ければすべて良し


マルチステージという考え方

何度もこのブログで書いてきたように、人生後半戦は下り坂です。下り坂は上り坂と違った生き方をしなければなりません。「LIFE SHIFT」の著者であるリンダ・グラットン教授は、一生を「教育・仕事・引退」という単一のサイクルから、「教育・仕事・一時引退*」を繰り返すマルチステージであるべきだと提唱しています。私もマルチステージという考え方に賛成ですが、実現するためには環境が必要だと思います。環境が整わないときには自分で作るしかありません。(*一時引退は私の見解です)

体力・知力・気力の違い

マルチステージという考え方は、1つのステージが終わってから次のステージを迎えるのではなく、並行して複数のステージを進めることができます。ところが人生後半戦になると並行して同時進行ができる人とできない人が明確に分かれてきます。それは「体・頭・心」の力である「体力・知力・気力」に違いが出てくるからです。この3つの力が落ちることこそ「人生後半戦は下り坂」とあんる原因です。

人生後半戦の楽しみ方

悲観的に考えることはありません。下り坂には終着点があります。「人生後半戦は下り坂」ではありますが「人生は終り良ければすべて良し」という考え方も私にはあります。下り坂はマイナスイメージが強いですが、マイナスだと思うこと自体が下り坂を楽しめない原因になります。ではどのようにすると楽しむことができるのか、それを考えていくために「新おとな学入門」と題してこのブログを書いています。

答えがないことを考える

人生後半戦の楽しみ方を考えても答えが見つかるとは限りません。むしろ「答えがないことを考える、考えることが楽しみになる」と私は思っています。「学び・考え・遊ぶ」というインプットとアウトプットを繰り返すことが人生後半戦、特に老後になっても楽しめる「生き方」だと考えています。

最後に「新おとな」とは、人勢前半戦を「若者と大人」に分けた時、人生後半戦は「老後」と何だろうと考えて浮かんだのが「新おとな」でした。深い意味はありませんので、自分に合った言葉に置き替えていただければと思います。




◆◆◆◆◆

「人生100年時代」と盛んに使われていますが、平均寿命が100歳になるという訳ではありません。人生を100年として考えた時に、現在の働き方と暮らし方を変える必要があるのではないかという提言だと思います。人口ピラミッドが崩れ、二重ファネルから、さらに完全なファネル状になるまでに後数十年です。最終的には筒状になるというのが私の予想です。(ファネルは漏斗・ロートの意)人口構造が筒状にいなった時には、現代の社会システムでは耐えられないでしょう。

いろいろと考えていくうちに、考えがまとまらず、考えること自体が面倒になり、「今を楽しく生きる」ことで良いという人もいらっしゃるかもしれません。それはそれで人生の選択だと思います。私は今を生きるのは当たり前で、「明日があるから今を生きる」と考えています。明日になれば楽しいことがあるのではなく、明日も楽しいことがあるという生き方を今日も行っていることが理想ではないでしょうか。

まだまだ「新おとな学入門」を続けますので、これからもよろしくお願い致します。





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