人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


趣味と道楽と遊び、自分から進んで楽しむ行為にもいろいろな言い方があります。少しずつニュアンスは違いますが、その違いも人それぞれでしょう。あえて「遊び方」と分類することはないのかもしれません。ところが高齢になるにしたがって楽しみ方に変化が起きてきます。



1日の時間を「仕事・生活・学び・遊び・睡眠」に分ける


時間の使い方が変わる

人生後半戦になる頃には時間の使い方がパターン化してきます。現役の人も新しいことへの挑戦よりもルーチンワークが多くなってきます。退職前後の人は時間の使い方に変化はありますが、基本は現役世代の時間の使い方と変わりはありません。そして老後に差しかかると毎日が日曜日という時間の使い方になります。

1日の時間配分を考える

時間の使い方を「仕事・生活・学び・遊び」と「睡眠」に分けるとどのような時間配分になるでしょうか。

<私の場合>
  • 仕事 6時間 生活 8時間 学び 2時間 遊び 1時間 睡眠 7時間
  • 仕事 0時間 生活 10時間 学び 4時間 遊び 3時間 睡眠 7時間
仕事をしている時と仕事をしないときで大きく分かれます。生活時間が長くなったのは体調を維持するための時間を毎日とっているからです。「学び」とは学校に通っているわけではなく、本を読んだりネットで調べたりする時間です。

遊びの時間に何をする

私の「遊び」には3つの段階があります。1つめは、自分が好きで楽しいこと、また共通の遊びを持つ仲間がいる「趣味」の段階です。2つめは、自分が好きで楽しいこと、「道楽」の段階です。他人からどう思われようと関係がなく、ただ楽しければ良いという「道楽」の段階です。3つめは、目的を持たずに時間を過ごす「遊び」の段階です。散歩、観賞(鑑賞ではない)、好物を食べるなどです。

頭の中を空っぽにする

1日中、趣味や道楽に時間を費やすことができたらいいな、と思ったことはありますが、1日中遊んでいられたらいいなと思うことはありません。私にとって「遊び」は気分転換であり、感覚をリセットする時間です。人生後半戦になると体力・知力と同じく感覚も鈍ってきますので、遊びの時間を取るようにしています。




遊びのの対極にある時間を考えると見えてくる


仕事と遊びは共存しない

「遊び」の対極にある時間の使い方に「仕事」があります。「仕事」には明確な目的や目標があり、「遊び」は仕事の合間の時間のように考えられています。「仕事」がないときには「しばらく遊びだな」と表現することもありますし、「仕事は遊びじゃないんだ」と叱咤する時にも使います。「仕事」と「遊び」は共存しないのでしょうか。

生活の一部としての遊び

もう1つの考え方に「仕事」の対極にある時間に「生活」という時間があります。最近では「ワークライフバランス」を「仕事と生活の調和」と考え、この考え方には「遊び」が入ってきません。おそらくは「生活」の一部として解釈しているのでしょう。「遊び」はプライベートであり自己管理する対象なのです。前述の仕事の合間という考え方とは異なります。

学生時代の遊び時間は

小学生の頃の時間割には、学習時間と休み時間がありました。休み時間には頭を休めたり体を休めたりする時間ですが、私にとっては休み時間ではなく遊び時間でした。大学生の頃には学校で過ごす時間、アルバイトで過ごす時間とは別に遊び時間がありました。生活時間と睡眠時間を削って遊んでいたものです。

1日の時間を5つに分ける

遊んでいる時間を「遊び」の時間として意識しだしたのは大学生の頃からです。1日を「仕事・生活・学び・遊び・睡眠」と分けて考えるようにはなりましたが、規則正しくパターン化された時間配分はしていませんでした。社会人になると圧倒的に「仕事」が多くなり、仕事以外の時間は忙殺されてしまいました。社会人1年目から仕事時間、今でいう働き方に疑問を感じていたのです。




遊び時間を減らすと心理的ゆとりがなくなった


介護の時間は計算外だった

人生後半戦になった頃には、自分で時間を管理しながら仕事ができるようになりました。ところが50歳になった年に両親2人の介護を行うことになりました。自分で時間をコントロールはできるものの、介護に割く時間は5つに分けた時間のどれにも当てはまりません。やむなく「学び・遊び」を無くし、「仕事・生活・睡眠」を減らしました。

心理的なゆとりがなくなる

「仕事・生活・睡眠」の時間を減らすことは、肉体的にも精神的にも苦痛でありストレスが溜まりましたが、今考えれば「遊び」の時間を取らなかったことが一番悔やまれます。心理的なゆとりがなくなるということが、後々自分の体調をも崩す原因になったのです。今更ながら「遊び」の重要性を感じています。

人生後半戦の時間の中心は

人生後半戦は時間が豊富にあると言われています。豊富な時間をどのように使うかは人それぞれですし、個々人に任されています。現役の人は仕事が中心、退職前後の人は仕事が中心の考え方を捨てきれない人と中心となる時間を他の時間に変える人もいるでしょう。老後に差しかかると何を中心に置くでしょうか。「趣味・道楽・遊び」の時間を中心に置く人も増えてくるでしょう。


目的を持って遊ぶことは

日本全体の経済力を考えれば、労働期間を伸ばして納税に貢献し、健康を維持して医療・介護という福祉に頼らないことが考えられます。個人の時間の使い方としては、経済活動として働くこと、健康を維持すること、目的を持って遊ぶことだと思います。目的を持って遊ぶことは、人生を楽しむことであり、豊富な時間を浪費することではありません。




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人生後半戦なると趣味の1つくらい持ちたいと手習いを始める人がいます。これは大いに結構なことだと思います。遊びから初めて道楽として興じ、趣味となって仕事につなげることができれば人生後半戦の楽しみは尽きることはありません。

ここで考えなければならないのは、何を始めるか、もしくは今の楽しみをどのように趣味につなげるかということです。遊びから道楽に変えるためには学びが必要ですし、さらに趣味として同好の士と交わるためにはさらに深い学びが必要です。ちなみに趣味を仕事にするには別の学びが必要です。

遊びが仕事になるまでには長い道のりが必要ですが、短い時間でも心の余裕となる遊びを持つことは大切です。すでに遊びを持っている人は、感覚・知覚が衰えてもできる遊びを新たに持つこともおすすめします。人生後半戦を通してできる「遊び」を持ちましょう。




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