人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


前回は「自己管理能力を持ったプロフェッショナルになること」について書きました。人生後半戦ともなれば「〇〇〇のプロ」と言える能力の1つや2つは身につけていたいものです。そうは言っても簡単にはプロフェッショナルにはなれません。



プロフェッショナルの条件とはなにか


ドラッカーのプロフェッショナル

P・F・ドラッカー教授の本に「プロフェッショナルの条件」があります。この中の「人生をマネジメントする」という章に「人の寿命のほうが、組織の寿命より長くなった」と書かれており、「第二の人生をどうするか」という問題が発生したと指摘しています。

もはや、30歳で就職した組織が、60歳になっても存続しているとは言い切れない。そのうえ、ほとんどの者にとって、同じ種類の仕事を40-50年も続けるのは長すぎる。飽きる。惰性になる。耐えられなくなる。まわりの者も迷惑する。(プロフェッショナルの条件)

3通りの知識労働とは 

ドラッカー教授は「知識労働」には3通りあると説いています。「知識労働」による仕事の成果を「純粋に質のみ」「質と量の双方」「一定の質と量」に分けることで、生産性の意味と何に取り組むべきかを考えるべきかが明らかになるとしています。現在の自分の仕事に置きかえてみてはどうでしょうか。

第二の人生を設計する3つの方法

知識労働者には終わりはなく、いつまでも働きたいと考えるならば、第二の人生を設計することが必要であると3つの方法を示しています。1つめは「第二の人生として新しい仕事に就くこと」、2つめは「パラレルキャリアも持つこと」、3つめは「篤志家(ソーシャル・アントレプレナー)になること」です。

もちろん、誰もが第二の人生を持てるわけではない。(中略)第二の人生をもつには1つだけ条件がある。本格的に踏み切るかなり前から助走しなければならない。 
(プロフェッショナルの条件)

知識社会で働くためには

ドラッカー教授が指摘していることは人生後半戦になって考えなければならない「いつまで働くか」「どのように働くか」「転職・副業・ボランティアとして働くか」と一致します。そしてこのような働き方を実現するには、事前の準備と知識社会で働いていくためには教育ある人間になることが必要であると続けています。




プロフェッショナルとは職業人として稼ぐこと


実行し貢献し達成する

本書の原題は「The Essential Drucker on Individuals: To Perform, to Contribute and to Achieve」であり、「実行し、貢献し、達成するためには」ということで「プロフェッショナル」という表現は使われていません。仕事を個人という側面から著されている本ですが、仕事をすること自体が「プロフェッショナル」であると読み取れます。

プロフェッショナルとは

「プロフェッショナル」とはどのような意味か私なりに考えてみると、第1に「職業」であること、第2に「思考し行動すること」、第3に「社会貢献をすること」、第4に「目標を達成すること」だと思います。本書の副題でもある「いかに成果をあげ、成長するか」ということにもつながります。

職業として稼ぐこと

「プロフェッショナル」というと専門的知識を持ち、専門的な技能と経験を持ち合わせている一流の仕事人というイメージがあります。もちろんこのような人はプロフェッショナルには違いませんが、二流のプロフェッショナルもたくさんいます。プロフェッショナルの条件とは、職業として対価を得る、すなわる「稼ぐこと」ができるかということになります。

プロとアマの違い

「プロフェッショナル」と対比して使われる言葉に「アマチュア」があります。プロとアマの大きな違いは、職業として稼いでいるかどうかということです。またプロフェッショナルとボランティアも比較されることがあります。こちらも目的の1つに「稼ぐこと」が含まれているかどうかで分けられます。一流か二流かは関係ありません。


 


人生後半戦をプロフェッショナルとして働くには


一定の質と量をあげること

同じ仕事をして同じ成果をあげることができても、「稼ぐこと」を目的の1つとしている人だけが「プロフェッショナル」と名乗ることができます。さらに成果には、一定の品質または一定の量を継続的に保つことができることが必要な場合と、質と量が一定以上で最高の質と最大の量を求め続ける場合があります。

一流のプロフェッショナル

一定の質と量をあげることができる人も「プロフェッショナル」ですが、一流の「プロフェッショナル」とは最高の質と最大の量を求め続けて成果を題している人のことを指します。前回の記事で書いた自己管理能力も自ずと「プロフェッショナル」と一流の「プロフェッショナル」には違いが出てきます。

人生後半戦のプロフェッショナル

人生後半戦になると過去の経験と技能だけでは、よくて「プロフェッショナル」止まりです。専門的知識を追及して成果をあげることができる人はほんのわずかな人だけです。むしろ人生後半戦の働き方は「プロフェッショナル」になるための自己管理能力を維持することに焦点を絞って働くことが肝要になるでしょう。

何によって憶えられたいか

ドラッカーの逸話に「何によって憶えられたいか」という質問があります。若い頃は未来を語り、それによって憶えられたいという人が多く、人生の半ばになると現在の自分と比較して思い悩むことになります。人生後半戦では過去の自分を振り返えり良い思い出で憶えられたいと語ることが多くなります。未来・現在・過去のどの地点で憶えられたいかということよりも、「〇〇〇のプロフェッショナル」として憶えられることが理想の憶えられ方ではないでしょうか。

私が13歳のとき、宗教の素晴らしい先生がいた。教室の中を歩きながら、「何によって憶えられたいかね」と聞いた。誰も答えられなかった。先生は笑いながらこう言った 。
「今答えられるとは思わない。でも50歳になって答えられなければ、人生を無駄にしたことになるよ」(プロフェッショナルの条件)




◆◆◆◆◆

何によって憶えられたいかは、働き方についてだけではなく、暮らし方、生き方についても同じことが言えます。人生後半戦になると、この先どのように働こうか、どのように暮らそうかと考えがちですが、何歳になってもどのように生きようかと考えることが大切です。

「プロフェッショナル」というのは、職業として稼いでいる人を指します。「プロフェッショナル」には普通のプロフェッショナルと一流のプロフェッショナルがいます。さらにその上に超一流のプロフェッショナルがいます。人生後半戦の自分がどのくらいのプロフェッショナルになれるかは自分次第ですが、判断するのは自分ではありません。

一流のプロフェッショナルとして人生後半戦に働くことができる人はわずかです。普通のプロフェッショナルとして働くには、プロフェッショナルになるための自己管理能力を他のことに転用できるかどうかです。同じ職業だけでなく、違う職業、違う暮らし方、違う生き方に転用できるかどうかです。

人生後半戦のプロフェッショナルの条件とは「自己管理能力が衰えないことである」と私は考えています。




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