人生後半戦の新おとな学入門

50代60代のためのニューシニア講座 働き方・暮らし方・生き方・学び方・遊び方


人生後半戦に「学ぶ」といえば、若い頃に学んだことをもう一度学ぶ「学び直し」と、お金と時間に余裕ができたのでやりたかったことを「手習い」で、ということを思い浮かべるのではないでしょうか。
50代60代から何を学び、何を行い、何を以って終わらすか


学びには、教育・勉強・学習とあるけれども


学び直しは習い直し

学校などの教育機関での「学び」は、学ぶというよりは「教わる・習う」という既にできあがっている知識体系を覚えることが主となります。知識を身につけることが目的ですので、教科書と試験という教育システムの下で勉学に励むことになります。「学び直し」は言いかえれば「習い直し」です。

学ぶと同じ意味で

「学ぶ」と同じように使われるのが「教育・勉強・学習」です。「教育」は教え育てるという意味ですが、学校で行われている教育は教えることと育てることが同時に行われています。人生後半戦になると育てるの部分は必要ありません。また知識を付けるだけであれば自学自習、独学という方法もあります。

勉強ととは方法・姿勢

「勉強」の「勉・強」は共に「つとめる」という意味があり、「努める」と同じ意味です。つまり「努力する」という意味が強く、頑張って物事を為すということです。特に学問に使うことが多いように思われますが、幅広く使われる方法・姿勢を表す言葉です。何を勉強するかが大切になります。

学習とは学ぶだけではない

「学習」についても文字から考えれば「学ぶ・習う」という2つの意味があります。「学ぶ」は自分が知識を身につける意味で、教育を通して学ぶこともできますし、独学で学ぶことも、自然と学ぶこともできます。「習う」は意図して自分で身につけることを指すことが多いと思います。




何を学ぶかによって学び方は異なる


どの学び方を選ぶか

人生後半戦になっての「学び」とは、教育による学び方と学習による学び方があります。教育は教科書と試験がセットになっていますので勉強をすることは避けられないでしょう。時間との戦いとなります。学習は自分の意思で目的を決めて行いますので、到達点も自分で決めなければなりません。

習うには倣うも必要

人生後半戦での「学び」の姿勢として「手習い」という言い方をすることがあります。手習いとは練習・稽古のことですが、「手倣い」とも考えることができます。教えてくれる人と同じようにできるように倣うことから始めます。学びには習うことも必要で、倣うにとどまらずにステップアップをすることができます。

なにを学ぶかによって

「学び方」はなにを学ぶかによって変わります。資格と取るために学ぶのであれば教育機関で学んだり教科書などが必要になりますし、期限があるので勉強をしなければなりません。趣味を学ぶのであれば独学で学ぶこともできますし、習い事として倣うことから始めることもできます。期限を気にせず学ぶことができます。

学習を楽習にするために

「学習」を「楽習」と表現して、楽しく学習することを意図する場合があります。勉強は頑張って、努力して行うことの反動からでしょうか。勉強は楽しくないというイメージを払拭する狙いがあるのでしょう。学び方で大切なことは楽しさを感じながら努力して体にも頭にも心にも心地よい汗をかくことです。




何を学び、何を行い、何を以って終わらすか


50代60代に何を学ぶか

自分が楽しいことを学ぶことが1番ですが、最初は楽しくても難易度が上がるにつれて楽しくなくなることもよくあることです。目的を持って学ぶことは大切です。目的よりも大切なのは将来の姿をイメージすることです。将来の姿をイメージができることを学ぶようにすることで達成感を味わえます。

50代60代で何を行うか

将来のイメージへの道筋は一本とは限りません。人それぞれ状況・環境にあった道筋があります。一歩先に進むことを考えて行動するよりも、半歩先を考えて行動することをお勧めします。50代60代になると何度もやり直しができるという訳ではありません。確実に進めるように目的は変えずに、目標を細かく設定して行動に移しやすくすることです。

何を以って終わらすか

学ぶことには終わりはありません。仮に目的が達成できたとしても新たな目的ができれば学ぶことは終らないでしょう。ただし目的を達成するために立てた目標をクリアしたところで、目標までのステップは終ります。50代60代にとって学ぶことに抵抗があるのはパワーとスピードの衰えです。記憶力がなくなった、すぐに思い出せないなどは誰ででも経験することです。目標を達成したら休憩することも大切なことです。

50代60代での学びとは

「学び」には目的がある場合とない場合があります。目的がないと思われる場合でも成長欲求・生存欲求によって自然と身につける「学び」があります。50代60代の「学び」は目的のある自己実現欲求によるものであり、自然と身につくものではありません。目的をどこに置くかによって変わってます。




人生後半戦の3つの目的


どのような目的を持つかは自分で決めなければなりません。したがって、このような目的を持つべきだということは言えませんので、私の今の目的を書いてみたいと思います。主な目的は3つあります。

1つめは「長生きをすること」です。長生き自体は目的ではなく、高齢社会に向けて自分らしい取り組みを行い自分の子供世代の負担をなくすことが目的で、2045年まで生きることを目標にしています。

2つめは「働かずに仕事をすること」です。矛盾しているように思われるかもしれませんが、「働く=稼ぐ=生きる」と考えることは時間と能力の切り売りです。私も50代になる前はそうして生きてきました。今は「働く=稼ぐ」と「生きる=仕事をする」を別に考えています。

3つめは「心地よい環境を作ること」です。自分にとって心地よい環境とは、時間・空間・人間の「三間」を心地よくすることです。森信三先生の「さんかん」という考え方を拝借したものですが、さいきんでは「さんま」とよんで人間を仲間に入れ替えて、子供たちに失われていることとして使われています。

50代60代のみなさんは、どのような「学び」を行なっているでしょうか。





このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ